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最高裁判所第二小法廷 昭和46年(あ)1422号 判決 1972年7月28日

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人中西金太郎の上告趣意第一、一のうち、憲法一一条、三一条ないし三四条違反をいう点は、刑訴法三三九条一項一号によりなした公訴棄却の決定が確定したとしても、同一事実について再度の公訴提起をし、それに伴ない被告人の身柄を勾引または勾留することが許されないとする法的根拠はないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、その余は、単なる法令違反、事実誤認の主張にすぎない。同第一、二は、憲法三八条一項違反をいうが、本件記録に徴しても被告人の自白調書には任意性を疑うに足りる証跡が窺われないから、所論違憲の主張は、その前提を欠き、同第二、一は、当裁判所の判例に違反するというが、判例を具体的に摘示しないから不適法であり、また、同第二、二は、原判決の採用する被告人の捜査官に対する自白調書が捜査官の偽計によるものであることを前提として、所論引用の判例に違反するとするが、記録に徴しても、かかる事実が認められないから、所論判例違反の主張は、前提を欠き、同第三および第四は、単なる法令違反、事実誤認の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。もつとも、所論にかんがみ、職権をもつて調査すると、被告人たる米国軍人等に対する訴訟書類の送達については、刑訴法五四条によつて準用される民訴法一六九条その他によるほか、日米合同委員会の合意事項たる「日米行政協定の実施上問題となる事項に関する件」第八項E(民事裁判資料二九号・刑事裁判資料七〇号一四〇頁参照)に準拠して行なわれるべきものである。ところが、記録編綴の被告人に対する起訴状謄本の送達報告書の記載によると、受送達者氏名「横須賀米海軍基地司令部法務部気付アレキサンダー・アール・ステイブンソン宛」とした本件起訴状謄本は、昭和四三年九月一〇日横須賀市本町二丁目一番地米軍基地内事務員菱倉芳美により受領されている。そして当時被告人は、右「横須賀米海軍基地司令部」に所属せず、「在日米海軍極東地区海上輸送司令部」に所属する米海軍軍属であつたのであるから、本件起訴状の謄本は、その送達の場所を誤つたものであつて、適式なものとはいえない。しかしながら、原審の確定したところによると、被告人に対する本件起訴状の謄本は、米海軍当局の慣行に従い、前記横須賀基地司令部法務部を経由し、昭和四三年九月一八日ころ被告人の所属する前記輸送司令部に回送され、そのさい、管轄受訴裁判所の発した日本文の起訴状の謄本は右法務部において同部員により職務上英文に翻訳され、そのご同月三〇日ころ、そのうち右英訳にかかる起訴状と弁護人選任に関する通知だけが本人たる被告人に交付されたというのであるから、これにより、日本語を解しない被告人は、自己に対する公訴事実の内容と罪名を了知するとともに自ら弁護人選任に関する所要の手続をすることができたのである。そうすると、本件において、起訴状謄本の送達場所を誤つたことのほか、日本文の起訴状の謄本自体が被告人に交付されなかつた瑕疵があつたとしても、前記経過によりなされた本件送達の瑕疵は、いまだ被告人に対する公訴提起そのものの効力を失わしめるものとは認められない。のみならず、記録を精査しても、右のような送達の瑕疵のために、被告人において公判期日における防禦権の行使が害されたと認むべき何らの事跡がないのであるから、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは解されない。また、その他記録を調べても刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(小川信雄 色川幸太郎 村上朝一 岡原昌男)

弁護人中西金太郎の上告趣意

<前略>

二、本件起訴状謄本が適法に被告人に送達されていない。

(一) 原判決所論の如く民事訴訟法第一六八条、同第一六九条第一項の法意から、横浜市内所在MSTSが、被告人に対する本件起訴状謄本の適法な送達場所の一つであるか否かについては、甚だ疑問とされるところであるが、仮りに右の如く解し得るとしても、被告人に対する本件起訴状謄本(法の要請するもの)が、原判決判示のとおり昭和四三年九月一八日頃確実に右MSTSに送達されたとの事実を証明するものは何等存しない。

原審記録によつて明らかにし得るものは、在日米海軍横須賀基地司令部法務部に送達された程度のものである。

原判決はこの点に関しても法令違反を為している。

(二) 仮りに、原判決判示のとおり本件起訴状謄本がMSTSに回送されているとしても、それは法の要請する起訴状謄本ではなくして、英文に訳されたものであり、しかもその翻訳文の写であり、明らかにこの点瑕疵がある。

この点につき原判決(高裁)は、

……中略……仮りにMSTSに回送されたものが英訳文のコピーのみであつたとしても、原判決の説示するとおり、起訴状謄本をあらかじめ被告人に送達することの立法趣旨に鑑み、かつ、被告人の原審公判廷の供述によつても明らかなとおり、被告人は、同年九月三〇日頃ベトナム海域の軍用船上で起訴状の英訳文コピーを受領し、これを閲読して罪名と公訴事実の内容とを諒知し、同時にまた、弁護人の選任についての所要手続をとるなど、被告人自身の防禦権行使に格別の不都合もなかつたことが認められるのであるから……中略。

と判断している。(判決書六枚目裏七枚目表)

然しながら、本件公訴は前記第一の一、(一)の1に所論のとおり、被告人は前件の公訴棄却の決定の確定により、再びこれが問擬されるとは夢想だにしていなかつたことである。

かかる特殊事情下においては、法の要請する手続は厳正に履践されるべきであると解する。

現に被告人は、「何かの間違いで前の裁判につき問題が残つているのだろう」(原審公判廷における被告人の供述)と軽く考え、弁護人選任については何等の手を尽くすことなく、単に裁判所に対して、選任回答書を返送しただけに過ぎない。

もし当時法に要求されている起訴状謄本(日本文)そのものが、被告人に送達されていれば、直ちに弁護人に対し連絡し選任手続(妻をしてでも)をとつたであろうし、MSTS当局もまた、被告人の身柄を確保するため、被告人を公務よりおろし呼戻すなどして日本官憲に協力し得た筈である。

原判決は、この点についても法令違反ある第一審判決をそのまま認め、自らもまた法令違反を繰り返したものというも過言ではない。<後略>

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